「……ん……」
「やっと起きたか」

 ごとごとと揺れる振動。彼女は目をこすり辺りを見回し、状況を認識したようだ。ただ、乗合馬車や貨物馬車程度しか知らない彼女には、不慣れもいいところだったが。

 広い部屋に向かい合わせの長椅子とテーブルがあり、横には窓。彼女は椅子の片方に寝かされていた。向かい側には彼しかいない。
 窓の外は、もう昼近かった。

「だから寝ておけと言ったんだ」
 さらりと、呆れ気味に言われ、ぼんやりと昨夜の事を思い出し……
「あなたのせいで眠れなかったんでしょ!」
 唐突に、怒鳴る。

 昨夜、彼は彼女を部屋から出さず――離れたのはトイレと風呂だけだった――あまつさえ、眠るときに同じベッドに押し込んだのだ。彼女が床で寝ると言って暴れると手枷を持ってきてベッドに繋いだ。おかげで彼女は空が白むまで眠れなかった。

「うるさい黙れ」
 すました顔で彼女を見ている彼には悪びれた様子も無い。やあやって椅子から立つと、馬車の扉のノッカーを叩く。
 扉が開いて、側役が朝食を並べて去って行った。

「さっさと食べろ」
 自分もパンをちぎりながら言う。

 昼の陽射し。

「どうした? 口に合わんか?」
 昨日の質問攻めで彼女の好みも訊いておいたのだが。だが、彼女は意外そうに、
「いや、そうじゃなくて……あなた……朝ごはん食べてないの?」
「お前が眠りこけていたんだろう。さっさと食え」

 ふと、彼女の表情が変わった。笑顔とまではいかないが、和らいでいる。

「ねぇ、名前まだ聞いてないけど……」
「リュシオス。お前はリュシーと呼べ」

 彼女の柔らかい表情を見ながら、言う。彼の名で、唯一彼が自分の名と認めている部分。そして、母と姉以外には許さなかった愛称。

「何してるの? やっぱり貴族……よね?」
 彼のいでたちをみれば、そういう結論に達するだろう。だが彼は、彼女の間違いを訂正しようとは思わなかった。思いたくなかった。

「黙って食え」
 彼女も朝食に手をつけながら、色々と質問してきた。だが彼は、それには一切答えなかった。



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