「……な、何で?ですか?
 仕事やめろって……それじゃどうやって……」
「うるさい黙れ」
 面倒くさそうに彼が言うと、彼女は怯んだように一瞬黙る。
「逆らうな。言うとおりにしろ」

「あ、あなた一体何ですか? 何で私が仕事辞めてここから出て……、さっきも言ったけど、家は私が仕送りしないと……弟だって熱を出して……」

「うるさい」
 言いよどむ彼女に、きっぱりと言い、紅茶を飲み干し、
「百セメト……でいいか?」
 彼女が目を瞬かせる。彼女にすれば、手にするには途方もないような大金だ。

「お前の実家に月百セメト送る。ついでに、お前の村に医者を派遣する。それでいいな?
 分かったらさっさと仕事を辞めて来い。言うとおりにしないなら、このままさらうぞ」

「……え? あの、どういう……」
「分かった。もういい」
 思い通りに動かない彼女に嘆息し、側役に向かって、
「こいつの部屋に行って荷物を全部持って来い。仕事先と大家、それに近所の住人にこいつのことは忘れろと通告もしておけ」
 大体彼の意図を察した側役が、何か言いたそうな顔をしつつも従った。

「お前はこっちだ」
 彼女の腕を引きずって部屋から出て、自分の居室に向かう。ベッドの上に無理矢理座らせると、
「いいか」

 彼女の前に立ち塞がるようにして、アイスブルーの瞳で彼女を見下ろし、有無を言わさぬ口調で言い放つ。

「お前はこれから、俺の目の届かない所へ行くな。俺の指示に従い、逆らうな。お前が言うことを聞いていれば、お前とお前の家族の生活は保障する。それで文句ないな?」

 言い終えるなり、彼女から興味を失くしたようにクロゼットの方へ行き、外套を脱いで室内着に着替えた。

 書類にサインをする間も、視界の端に彼女の姿を捉えていたが。



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