フェルキンド王国西部、ボールテックと呼ばれる領地。
 王都からは遠く離れたのどかな田舎。しかし整っており、穏やかに時間が流れていた。

 側の山から見下ろすと、眼下に領主の城と城下町、豊な田園と美しい湖が見渡せる、良い場所だ。
「何考えてんのよ!? あんたはぁッ!!」
 その、領主の城で。
 リリアは一人怒鳴っていた。

 ――沈黙。

「上がったんなら行くぞ。さっきも言ったが時間が無い」
「待ちなさいッ!」
 リュシオスの無表情な、事務的な声に、リリアが待ったをかけるが、彼は部屋の出入り口に向かい、
「早くしろ」
 彼女が追いかけないので、そこで振り返って待っている。

「すまして言うなぁ!
 あんた、自分が何したか分かってんの!?」

 冷たいアイスブルーの瞳に、彼女の姿が映る。長い黒髪、黒い瞳。惚れているリュシオスに言わせても、大して美人ではない。

「何か問題があったか?」
「あったわよ!」

 彼は……リリアの風呂を覗いたのだ。いや、何憚ることなく見たと言った方が正確か。

 先程のこと、彼女は、リュシオスに促されて入浴していた。身体を洗っている最中に、何を考えたか彼はドアを開けたのだ。

「急な用事が入った。今から向かうから急いで上がってくれ」

 それだけ言うと、唖然として硬直するリリアを残し、無表情なまま何事も無かったようにドアを閉めた。そして、先程の会話というわけなのである。

 述べておくと、この城には女官も侍女も大勢いる。彼女らに頼むなり、そうでなければ脱衣所から声をかけるなり、他にいくらでも手段はあった。