ファイクリッド王国の地方都市。

 別にどうということもない。取り立てて言うことのない、小さな町だ。

 兄の支配下のその町を、彼はただ眺めていた。短めの黒髪にアイスブルーの瞳。背は高く、整った顔立ち。年のころは十八、九。細い体躯に、旅用の外套を纏っている。

 少しして歩き始める。さっさと宿舎に戻り明日に備えよう。だが、足はまた止まった。

「どうなさいましたか? リュシオス様」
「……いや、別に……」

 別に、という様子ではなかった。迷っていたようだが、ややあって歩き出す。先程とは違う方向だ。

 町の入り組んだ角を曲がるうち、騒ぎが聞こえた。人だかりをかきわけて進むと、兵士なのだろう、酔っ払った男が黒髪の娘に絡んでいる。

「リュシオス様?」
 怪訝な声を他所に、彼は駆け出していた。大剣――ただし、鞘は外さずに――を構え、突き出す。酔っ払いは壁にめり込んだ。
 咎めるように側役が寄ってくるが、何か言われる前に娘の腕を掴んで歩きだした。娘が抗議の声を上げるが、構いはしない。

 騒ぎが追いついてくる前に宿舎に戻った。

「な、何なんですか? 一体」
 娘を無理矢理ソファに座らせ、自分も向かい側に座った。
「名前は?」
 アイスブルーの瞳で彼女を見据え、言う。
「え?」
「質問に答えろ」
 一瞬の沈黙の後、
「……リ、リリア……です」
「年は?」
「十八」
「この町の人間か?」
 矢継ぎ早に質問を続け、終わる頃には日が暮れていた。

「……分かった。もういい」
 紅茶を一口啜ると、彼は、
「今すぐ仕事先に辞表を出して住まいを引き払え」
 有無を言わさず、言い放った。

「……は?」
 思わず声を裏返した娘――リリアと名乗った――に、彼は、
「聞こえなかったか?」
 表情を変えず、面白くなさそうに言う。アイスブルーの瞳は、感情を映さず彼女を見つめていた。