昨日のことは、全部夢だったのかと思ってしまう。


名前と年齢しか知らない男。


でも、私も嘘だったんだから、あの男の言うことも嘘だったかもしれない。


それでも、温もりは覚えてる。

あと、優しい手も。




「……学校! 入学式!」

そう、私は今日から高校生だ。


生きている人間には、時間は平等に流れる。

いつまでも、あの日のまま立ち止まってはいられない。



着たまま寝ていた服のシワを伸ばして、メイクを直すために洗面台に向かった。


「…………」


鏡の前にちょこんと置かれた──白いうさぎ。

ゲーゼンでかわいいと思った、あのうさぎだった。


「どうして……」


アイツ、いつの間に取ったの?


「……あっ」

トイレに行った時くらいしか思い付かない……。





まだ慣れない部屋に帰ってシャワーを浴びた。

排水溝に吸い込まれる茶色い水。


髪を洗って鏡を見ると、今まで通り黒い髪をした私がいた。

何か変わったような気もするけど、何も変わってない気もする。



……ヘンな男だったな。