池端が高校を卒業し、私が定時制高校に通うことが決まった春、池端が私の勤め先に仕事を依頼してきた。
雑貨店ではなく運送店の方だ。

敏哉さんが、池端一人の荷物だけを軽トラックに積んで、東京へ運んだのだ。

私は軽トラックの行き先を、運送店のホワイトボードで知った。


〝浜田山〟


その町の名前だけは知っている。
私鉄沿線の高級な住宅街。


夕方帰ってきた敏哉さんは事務所に寄り、雑貨店店長の照哉さんと、ちょっとだけ話をした。

「荷物はきっちりまとまってて、若い女の子とは思えないくらい無駄がないんだ。
東大の医学部に入るような頭のいい子は、みんなあんな風なのかね」


照哉さんはしかめ面で応えた。

「浜田山ってのは高級な町だろ。
ここからだって通えるのに、贅沢するね、その子。
東大生の親は金持ちだっていうのは、ホントなんだな」


敏哉さんは即座に否定した。

「いや、何か事情がありそうだ。
アパートは駅から一キロ以上離れたワンルームだった。
家賃はかなり抑えてあるね、きっと。

学費は奨学金とバイトでまかなうつもりだって。
今日の費用も、私立を辞退して浮いたカネを充ててるんだってさ。

駒場までは自転車で通うっていうから、付き合って中古の自転車を見立ててやったよ」