ことばにできない

暗い目で私をにらみつける彼女に、私はもう一度呼びかけた。

「実香ちゃん…」

私は立ち上がり、一歩彼女に近づいた。
そして、怪訝そうに立ちすくむ少女に向かって、手を差し出した。

「私もミカっていうの。
 私の名前は、大久保美佳。

 今日はウチへおいでよ。
 泊まっていきなよ。
 
 ダンナと娘と、ダンナの両親も一緒も住んでるの。
 夕飯の時には、ダンナのお兄さん一家も来たりするの。
 賑やかすぎるかもしれないけど、たまにはいいと思うよ」


 彼女を車の助手席に乗せて、ユリちゃんの店へ行こう。
 ケーキをたくさん買おう。

 顔の痣のことは、イケハタに相談したら、解決策が見つかるかもしれない。
 それから…

 私は手を伸ばしたまま、言った。

「私じゃ、力になれないかもしれないけど、もし良かったら、来て。
 一緒にチョコレートケーキ、食べよう。
 これからのことを考えるのは、そのあとでも良いでしょ?」


 少女の顔に、あどけなさが戻った。
 
不思議そうに私の顔を見つめながら、彼女はゆっくりと、私に近づいてくる。


 一歩…

 また一歩。



 ***  完  ***