ことばにできない

少女に言ってあげたいことが、たくさんある。
 
でも、まず、
私がやらなければならないことは…


「実香ちゃん…」


私の声に、少女はまた振り向いた。

「お姉さん、もう帰った方がいいよ、
 ダンナさん心配してるよ」

目つきが険しくなっている。
その声には、幸せを嫌悪する響きがある。


夫に今、多少心配かけたっていい。

それよりも、この子をこのまま行かせたくない。
今、この子を行かせてしまったら、私はこの先ずっと後悔する。

夫にはきっと、激しく叱られる。
絶対に叱られる。

「オマエは、自分の今までのことを、忘れちまったのか」って。

忘れる訳がない。
憶えている。
いつも誰が、私に向かって手をさしのべてくれた。

もしも、私がその人たちに感謝を伝えようとしたら、その人たちはきっと言うだろう。

「いいんだよ、そんなことは。
 それよりも、あなたが誰かを助けたいと思ったときには、迷わず手を貸してあげるんだよ。
 それが、私たちにとっても、何よりのお返しなんだから」


今がその時。