俺は見ない


健司君には誰も"挨拶"をしない。

そのことに気づいたのは、桂子と付き合い始めて3ヶ月、橘家に行くようになって1ヶ月が過ぎたころだった。

橘家では帰宅のとき"ピンポーン"と呼び鈴を鳴らして、誰かが鍵を開けてあげる。
両親共働きで一人っ子、鍵っこ育ちの俺はちょっと羨ましく感じていた。

だが、健司君だけは、自分で鍵を開けて入ってくる。
不思議だな、と思っていた。
そして気づいた。
健司君にだけ、誰も
"おかえり"を言わない。
"いってらっしゃい"を言わない。
それ以外は普通なのに、