若年性認知症。

日に日に記憶が奪われ自分の歩んだ人生そのものを確実に喪失していく。

高齢者のそれよりも進行が早い場合が多く、現代医学をもってしても治療法は見つかっていない。







さとみとふたり部屋に戻り無言のままに時間が過ぎた。


「健くん、ごめんね…。」

さとみが口を開いた。


健太郎はソファーに深く身体を沈め宙を見つめたまま動かない。

「あたし…ほんとは知ってたの…。病気の事。」


健太郎は瞬間的に身体を起こしさとみを見遣る。

「なっ…!なんで!」

「なんで言わなかったんだよ!こんな大変な病気の事!」



「大変な病気だからだよ…。あたしね、怖かったの…。」

「信じたくなかった。健くんとの想い出がみんな消えて無くなってしまうなんて…そんなの絶対に信じたくなかったの…。」

「それにあたし…。」

「健くんが病気の事を知ったら逃げられちゃうと思ったんだ…。ズルいよねあたし…ごめんね健くん…ごめんね…ごめ…ん」


それまで堪えていた涙がさとみの頬をつたう


「ばっ…か……やろう…ぐっ……うっ…」

健太郎も顔をぐしゃぐしゃにして泣いていた。


「…んな」


「こんな病気なんかに負けるかよ…!俺の気持ちがこれくらいで変わるハズないだろっ!」

「それに!俺がさとみを置いてどこかに逃げたりなんかするもんかよ!」

さとみはその場に崩れるように膝をついて声を上げて泣いた



健太郎はさとみの肩を強く抱き寄せた

「俺は絶対に逃げない。だからふたりでこの病気と闘おう。俺とさとみならこんな病気負ける気がしねーよ!な?そうだろ?」

独り気丈にこの病気と向き合い、独り戦っていたであろうこれまでのさとみの日々を想うと健太郎もまたその涙を止める事ができなかった