あの日、アルヴヘイムの王都ヴェルグには近年稀な雪が降り続いていた。
 暖かな気候に恵まれた国土に四季はあるものの、冬になったところで雪が降るほどに冷え込むことなど滅多にない。
 だからこそ積もる程に降った純白のそれなど勿論見るのは初めてで、まだ若かった自分は随分とはしゃいだものだったと、記憶を辿りながらに彼は思う。
 そして、あの日雪が積もっていなかったなら。きっと自分は今のような時間を手には出来なかっただろうとも。
 温かな室内から望む景色は、あの日に負けず劣らず美しい純白を纏っている。
 他の者たちは口を揃えたように「何もこんな日に限って降らなくても」とぼやいていたが、彼からすれば今日のこの雪程の祝福は他にないのだろう。

「…巡り合わせとは、不思議なものだね」

 言葉を紡ぐ音色は穏やかで、そして幸せな空気を滲ませている。
 窓の外に広がる純白を眺めながら目を閉じれば、あの日が鮮明に蘇る気すらするのだ。
 あの頃の自分はまだ今よりも僅かばかり背が低く、髪も肩を越える程度だった。金糸にも例えられたそれに柔らかな雪を纏わせながら、走った呼吸はそれはそれは冷たかった。
 不意とそんな懐かしむ時間を遮るように、背後の重工な扉をノックする音が響いた。促してやれば軋む音を連れ立ってそれが開く。

「カリム陛下、お時間です」
「…ありがとう。今行くよ」

 もう一度だけ窓の外の純白を眺めてから彼…カリムは部屋を後にする。
 それからしばらくして、国中は歓喜の声と祝福の音色に満たされていった。