先生の青





先生の背後に立ち
キャンバスをのぞく



  青だ。


  どこまでも深い青い海



本当に
溺れてしまいそうなくらいの
一面の青い世界




「三島先生は
いつも海を描いてる
っていうか、海以外を
描いてるところ見たことない」



先生は目を細め
キャンバスを見つめて



「海沿いの街で
生まれ育ったからな」



「…………ふーん」


自分の上靴の爪先に
視線を落とすと


先生はパンツの
お尻のポケットから
ごそごそ何かを取り出し



「コーヒー買ってきて、熱いの
木下も好きなの買っておいで」



くっきり二重の少しタレ目を
こちらに向けて
コインケースを差し出した



「………三島先生」


黒いコインケースを
両手で受け取り



「私、木下から
一ノ瀬になったって
何回言えば覚えるんですか?」



「あー」って後ろ頭に手を当て



「ごめん、また間違えた
一ノ瀬な。一ノ瀬 市花
一ノ瀬 市花」



フルネームを何度も繰り返され
少し居心地が悪くなった



「いいけどね、名字なんて
どーせ結婚したら また変わるし」


先生はきょとんとして


「それはわからないぞ」


「……ああ、夫婦別姓とか?」


「いやいや」


「?」


「木下を嫁にする男がいない…」


 バシィッ!

私に思い切り叩かれた
肩を大げさに押さえて


「……暴力反対……」って
彼はヘラッと笑った