Rはひどい偏頭痛もちのシステムエンジニアで、高校のころ学費を稼ぐために夜間のビル清掃人として入ったポラロイドのビルで初めてコンピューターに出会った。
 仕事中のRには話しかけることはいかなる時も許されなかった、キーをたたいている時は一種の恍惚状態で、できるだけ静かに部屋から出てゆくか、どうしても伝えねばならないときはゆっくりと視界に入り、あなたに伝えることがありますよと、無言のシグナルを送らねばならない。そうするとRの言う「ZEN」の世界からゆっくりと浮上して、まるで今であったかのように初めて「ハイ」と笑うのだ。
 一度何も考えずに肩をつかみ、話しかけた男がいて、そのときRはまるで生まれたての子供が始めて熱いものを口に含んだ時のような反応を見せた、それは体の中で蓄えられたものが一気に内部で破裂し霧散してしまうような感じだった、幽体離脱中に無理やり起こされてしまった霊能者さながらで、統一されて流れていた神経の情報が一度にずたずたにされ、硬直とも放心ともいえない状態だった。
 そのせいで、Rは自分が何の仕事を、どこまで進めているのかすっかりわからなくなってしまい、今の今まで作業していたモニターを見ながら、何10ページもメモを取っていた、まるで考古学者が太古の地層から古代人の生活の様子を書きとめるかのように。