天使と呼ばれたその声を


ドアノブに触れようとした手がほんの数センチ手前で止まった。扉越しに聞こえる家の中の音が身体を硬直させたのだ。

何かが割れる音…。
何かを殴る鈍い音…。
私の日常はそんな不快な音に囲まれている。

だからこの時間に帰るのは嫌だった。


生唾を飲み込み喉を鳴らした私はゆっくりとドアノブに手をかけた。

開いた扉の隙間から見える世界はまさに地獄図だ。煙草の煙で灰色掛かった部屋の中は散乱したおかずと割れている食器やビール瓶。顔を茹タコみたいに赤くし、偉そうに仁王立ちしている男と………。その直ぐ横にうずくまる…。


「お母さん!!!」



慌てて頭を両手で抱えているお母さんの所に行くと、顔を上げたお母さんの額からはダラダラと鮮血が流れていた。