5年後―…。
「はいっありがとうね。シャツ戻していいよ」
初老の医者は聴診器を俺の胸から外し、満足そうにうなずいた。
「なんかもうお別れか…。長かったねぇ。
私は君とこういう形で別れることができて嬉しいよ」
医者は優しい笑みでつぶやいた。
「やっと…退院だね」
「はい。今までありがとうございました」
そう言って立ち上がる俺に、医者は少しびっくりした表情を見せた。
「おいおい。なんかしんみりしたムードになってるのに…。冷たいなぁ。もう行っちゃうのかい??」
「はい。行かなければならないところがあるんで―…」
そう言って俺はあいさつもそこそこに病院の診察室を飛び出した。
「元気でねー!!!」
医者がそう叫ぶのを聞きながら、俺は走った。
「廊下は走らない!!」
今もなお恐ろしい婦長に怒鳴られるまで…。
それから俺は、病院の出入り口で看護士に花束をもらい、みんなに見送られながら病院をあとにした。
季節は夏。
ありえない暑さで俺の顔に汗が垂れるのに、そう時間はかからなかった。
何年ぶりだろう。
こんなに間近に太陽を感じるのは。
汗を垂らし、堅いアスファルトの上を歩くのは。
とても上手とはいえないアブラゼミの合唱を聞くのは。
どれも新鮮で、俺はにやけながら道を進んだ。
途中でみかけた花屋で、俺は一輪のひまわりを買った。
ガラにもないことをしたと、買ってから後悔してしまった。
でもあいつの笑顔が見れると思うと、嬉しくなった。
足を進めると、どこからか大きな歓声が聞こえた。
生の歓声を聞くのは久しぶりで少し驚いた。
「竜太!!」
久しぶりに聞く甘い声。
昔と全然変わっていないその声に呼ばれ、俺はゆっくりと振り向いた。