分かって下さい。私の大好きな優しい裕次郎さんはこれまでも幾度も駄目になりそうかとも思われましたが、それでも与えられた天命をそれこそ精一杯生きてきた事を是非とも察して下さい。強く生きるのが下手で決して屈したのではないのです。
多分、世の中にはもっともっとひどい不幸や苦渋を味わい、それでも立派に生きてこられた方がいっぱいおられて”たかがこれしきの事で”と思わないで、どうぞ優しい大きな心で堪忍してやって下さい。
私も一時、生きる事はなぜもこうなんだと思い、遣る瀬無くなりましたが、いつしか、裕次郎さんはそういう巡り合わせだったのだと思うようになりました。
悲しい話は終わりにしましょう。裕次郎さんは愛する悦子さんと同じお墓に手厚く葬られました。その時、私は”何故か不思議な幸せ”を感じました。
しばらくの間は怖い夢にうなされて度々目が覚める日々もありましたが、今の私は悦子さんの家族の優しい愛に包まれて、とても幸せに暮らしています。私もこの頃は歩きもユックリとなりましたが、それでも、ほとんど毎日のように愛する人様の眠るお墓を参る事にしています。
この周りも今や沢山の家が立ちましたが、皆さん私の事を承知してられて、私の参る姿を見掛けると誰かしら「ラーラ、気をつけてね」「ラーラ、頑張ってね」と優しい言葉を掛けていただきます。
初めに心優しかった御主人様を参り、そして愛する二人が安らかに眠るお墓の前で休みます。
多分、世の中にはもっともっとひどい不幸や苦渋を味わい、それでも立派に生きてこられた方がいっぱいおられて”たかがこれしきの事で”と思わないで、どうぞ優しい大きな心で堪忍してやって下さい。
私も一時、生きる事はなぜもこうなんだと思い、遣る瀬無くなりましたが、いつしか、裕次郎さんはそういう巡り合わせだったのだと思うようになりました。
悲しい話は終わりにしましょう。裕次郎さんは愛する悦子さんと同じお墓に手厚く葬られました。その時、私は”何故か不思議な幸せ”を感じました。
しばらくの間は怖い夢にうなされて度々目が覚める日々もありましたが、今の私は悦子さんの家族の優しい愛に包まれて、とても幸せに暮らしています。私もこの頃は歩きもユックリとなりましたが、それでも、ほとんど毎日のように愛する人様の眠るお墓を参る事にしています。
この周りも今や沢山の家が立ちましたが、皆さん私の事を承知してられて、私の参る姿を見掛けると誰かしら「ラーラ、気をつけてね」「ラーラ、頑張ってね」と優しい言葉を掛けていただきます。
初めに心優しかった御主人様を参り、そして愛する二人が安らかに眠るお墓の前で休みます。

