【二年前】

時計の針が翌日を迎える頃。
斉田総合病院の屋上に美月は立っていた。
フェンスを乗り越えて下を見ると見えるのはコンクリートの地面だけ。
そこに向かって一歩足を踏み出せばこの先の見たくない世界から逃げ出す事ができる。
一度空を見上げると、雲ひとつない空には星と三日月。
「もうすぐあそこに行けるんだ。」
つぶやいた表情に感情は感じられなかった。
ギュっと瞳を閉じて大きく深呼吸をする。

「ねぇ、何してるの?」
急に後ろからかけられた明るい声に驚いて振り返ると金髪碧眼の女性が立っていた。
おそらく入院患者なのだろう、ピンクと白のチェックのパジャマに白いストールを羽織っていて、ウェーブのかかった長い髪に白い肌が闇夜によく映えていた。
容姿からおそらく外国人だと思われるその女性は非常に上手に日本語で話しかけてきた。
「ねっ、そこからのほうが星よく見える?」
驚いて固まっていた美月だが、その問いかけにハッとして
「そうでもない…」
と返した。
「へぇ、じゃあ自殺でもするつもり?」
女性は子供がわからない事を質問しているような緊張感のない声音で問いかける。
「……。」
眉根をひそめ質問には答えず女性に背を向けた美月の背中に女性は言葉を投げかけた。

「ごめん、死ぬなら別の日にしてくれない?」
予想していなかった言葉に顔だけで振り返る。
「私今日は夜空がすごくきれいだからお月見しようと思って隠してたお茶とお団子持ってなんとか看護婦さんの目を盗んでここまで決死の思いで来たというのにあなたがそこから飛び降りたら全部が水の泡。それにあなたが飛びおりる姿を見たら私の目覚めが悪くなるじゃない。あなた、責任取れるの?もしそんなことになったら私一生あなたの事恨むから。うぅん、一生で足りなかったら末代まで!!さぁ、私にうらまれてもいいの?」
じょう舌にまくし立てられ何も言えなくなった美月に女性は、今度はやわらかい笑顔を向けて
「もしこのフェンスのこっち側に戻ってきてくれるなら私のお団子わけてあげるから一緒にお月見しない?」
さっきまでとは違う優しい声音で問いかけた。