宮地岳線

「なんだよ、席ゆずってくれたっていいじゃんかよ。どいつもこいつも寝たフリしやがって。寝てるヒマあるんなら、もっと他に考えることあんだろうがよ」
男はダミ声を張り上げて喚く。
乗客たちは必死に知らん顔をする。しかし、誰もが「早く消えてくれ…」と願っていることはその顔色からうかがえる。
「おい、これはどこ行きだ？」
当然答えは返って来ない。
聞こえるのは、車輪がレールの継ぎ目を通る音と、加速するモーターの音ばかり。
「なんだよ、どいつもこいつも行き先も知らねぇで乗っていやがんのか、バカだなあ」
男はタンの混じった下卑た笑いを車内に炸裂させ、、酒の臭気を辺りに撒き散らす。
「おいお前ら、時間くらいはわかんだろ？今何時だよ」
酔っぱらいは相変わらずフラフラしながら喚く。
乗客たちは目を伏せ、口を固く噤み続ける。
「ははは、やっぱオレは嫌われモンか。ははは。おっ？」
酔っぱらいが目をつけた相手を見て健太はハッとした。
男のどんよりとした目は、明らかに“あの人”の姿をとらえていたからだ。
｢よぉよぉ、ネェちゃん｣
案の定、男は“あの人”に接近する。
(あのジジィ…)
健太は目の前を通り過ぎた男の背中に、鋭い視線を投げ掛ける。