宮地岳線

健太は彼女に誘(いざな)われるがまま、三苫駅の改札口を出た。
カランコロン
カランコロン…。彼女の塗り下駄が奏でる軽やかな音色が、恍惚としたの健太の心に気持ち良く響く。
これって、現実(ほんとう)の出来事なのかな…。
もう逢えないと思っていた人に再会し、初めて話しをし、そして今、こうして一緒に歩いている。
まさか、幻を見ているわけではないよな…?
まあ、どちらだっていいさ。
夢であっても、現(うつ)つであっても、今こうして自分の好きな人と一緒にいるという、そのことは“事実”なのだから…。

やがて目の前に、松林が見えてきた。
波の音と、潮の香りがする。
「この向こうに、玄界灘があるの」
辺りは街灯もない暗闇のはずなのに、彼女の姿ははっきりと見えた。
それは…。
「あ、満月だ…」
二人は同時に呟いて空を見上げ、そして顔を見合わせて笑った。
健太は彼女と共に松林に足を踏み入れる。
途端に足元の小径は月光をうけて白く輝く筋となって浮かび上がり、そこへ松の葉が影を落としている様は、健太をいよいよ現実世界からもう“一つの世界”へと誘(いざな)っているかのようだ。