でも、“あの人”の姿が見えないのでは、いくら香椎まで速くても、ちっとも有り難くない。
俺にとって大事だったのは、電車の速度よりも“あの人”と共に車内で過ごす時間の方だったのだから。

しばらくの内は、JRの車内でSガクの制服を着た女子を見ると健太の胸はある期待にドキッとした。
しかしそのうちに、それは所詮ただの期待にしか過ぎないことを悟るようになって、健太は今ではあの制服を見かけると、却って目を背けるようになった。
そして何よりも、“あの人”に逢った最後が、とんだ邪魔者のせいとはいえ、あの様な形で終わってしまったことが、健太には悔しくて仕方がなかった。

夏休み。
健太が貝塚駅のすぐ傍にあるファミレスの調理場でバイトを始めたのは、そこが一番時給がいいからということもあったが、やはり、宮地岳線沿線にいればまたどこかで“あの人”に逢えるのではないか、という思いがあったからにほかならない。
健太は、“あの人”への想いをどうしても捨てることができなかった。逢いたい、と思った。
そして、何とかして自分の気持ちを伝えたい、と思った。
自分でも驚くくらいに、健太は真剣だった。