学生たちの楽しげな笑い声。
足元から伝わる振動。
車掌のアナウンスの声。
妙に心地の良いこの感覚。
電車独特の空気や、光景が和紗は好きだ。
だが、今はそれどころではなかった。
アナウンスどころか話し声さえも和紗には届いていない。
つり革に捕まり、電車の揺れに身を任せる。
思考は啓也とのやり取りの映像を延々と繰り返していた。
あの笑顔の意味は?
どうして抱き締めたの?
訊きたい事は沢山あったが、和紗はあの部屋から立ち去ることを選んだ。
あの場所にいたら、余計なことまで口走ってしまいそうで。
啓也の態度で勘違いして、好きだと言ってしまいそうだった。
最後、帰ったほうが良いと言った時、啓也はあからさまに帰って欲しいというオーラを放っていた。
それが怖かった。
あのままの流れに身を任せて、振られるのが怖かった。
まだ言うときではない。

