その夜、男は古びたノートを持ち帰り、その日の夜に読み出す事にした。
 最初はいくら死んでいるとはいえ人のプライベートを見る罪悪感から、読むのを戸惑ったが特にやる事もなく、暇だった事もあり最初のページを軽いノリで開く。

> 月 日(火曜)
 今日、クラスに女子の転校生がきた。何故か席は俺の横。名前は二之宮飛鳥と言うらしく、明るく挨拶をしてきた。すぐに打ち解けられそうだ。

> 月 日(水曜)
 横に女子がいるせいか、俺の席の周りに今まで以上に男子が集まる。邪魔なので、追い払うと、転校生の飛鳥に『ありがとう』と言われた。なんだか、嬉しいような恥ずかしいような不思議な気分だ。


 こんな内容が数ページに渡り続いていく。薄々分かってはいたものの、男にとっては他人の生活を記した日記など、実につまらない事この上ない。男は小さく欠伸をすると、さっさとページをとばし日記の最後に書かれたページを開いた。

> 月 日(  )
 時は人を縛る鎖。今宵は紅月の狐憑きの夜。貴方を血の海へと誘う……

 ここで、文章は途切れていた。男はおかしいと思い、改めてノートの表紙に目をやる。
 どうも男にはそのノートが、ただの日記ではないような気がしてきたのだ。
 かしげたり、回したりなどして見ていると、男はノートの隅についている黒い染みに気が付いた。
 手で染みを触ってみると、妙にザラつきがある。

(これは……血とか? ま、まさかな)

自問自答をしていると、ひんやりとした物が背筋からズズッと上ってくる。
明らかな存在を男は自分の背中に感じた。

「うわー!」

 男は、とっさにノートを壁に投げつけると、後ろに飛びのく。
 すると、さっきまでは確かにしていたひんやりとした感覚は、まるで何もなかったかのように、不気味なほどしなかった。

「いっ一体、このノートはなんなんだ!?」

 男は、脂汗を浮かべ、さっきまでの余裕とは裏腹に溜息をつく。
 壁に叩きつけられたノートは、下に落ちると最初のページを開いていた……。