『こんばんは』
フローラが声をかけると、少年は驚いたようにフローラの方を見た。



突然、空から声が降ってきた。鈴を転がすような、とはこのような声をいうのだろうか。
見上げた先には、華やかで可憐な少女がいた。いや、窓からこぼれる光が揺れると、妙齢の女性にもみえる。
千種はこれほど美しい女性を他に知らない。村一番の美女も霞むほどだ。
『こんばんは。あなた、何をしているの?』
再び彼女が口を開いた。
「…」
その時千種は何を答えようとしたのか。言葉は音になる前に消え去ってしまった。



少年は目を見開いたまま呆然としている。
フローラの問いにも答えようとしない。
「………」
だんだん苛々してきた。せっかくフローラが話しかけているのに、なぜこの少年は答えないのか。
『あなた、どうして答えないの?私は何をしているのか聞いたのよ』
「………。祭りの光を見てた」
ようやくまともな返事がかえってきた。そのことに満足しながら、さらに問いを重ねる。
『広場にいけば、もっと綺麗なものが見られるわ』
「…!」
少年の顔が歪んだ。
「君には関係ない」
『…そう』
なんだか、嫌な態度だ。
親切でかけた言葉なのに、少年はあっさりとはねのけた。
(この子、礼儀って言葉知ってるのかしら)
いくらなんでも、初対面でこの態度はない。
『これだから、子どもは嫌いなのよ。礼儀って言葉を知らないのね』
少し大人げなかっただろうか。そう思いつつも、言わずにはすませられない。
「それは君だって同じだと思うけど?」
『なんですって?』
フローラの声が低くなった。
内心の苛立ちを隠して、笑顔で聞き返す。
『それは、どういう意味かしら。私には、よく分からなかったのだけど』
「君は僕に対して、どんな態度をとった?」
『普通の態度よ』
胸をはって答えてやる。
フローラは何も悪いことをしていない。
少年にとっては、されたくない質問だったかも知れない。でも、そんなことはフローラの知ったことではない。
知らなかったのだから、仕方ないだろう。
その辺りのことを考えてくれてもいいのではないか。
(でもまぁ、仕方がないかしらね。なんといっても、子どもなんだから)
ひとつため息をついて、気分を入れかえる。