――誰かが呼んでいる。そんな気がした。ゆっくりとクリアになっていく視界。知らない内に、口が動く。



「刹那……?」



 左側に手を伸ばしても、ある筈の感触がない。僕の両手は虚しく空気を掻いただけ。そうなって、初めて思い出した。



「……居ないんだよ、な。もう三ヶ月も経つのに、何言ってんだろ……」



 覚醒した意識の中、喪失感が襲ってくる。息を吸ったら、まだ君の香りが残っているような気がして、無性に胸が熱くなった。部屋を見渡せば、君が忘れていったピアスに、お揃いで買ったマグカップに……ここにはまだ、君の残像がある。

 この部屋に居たくない。ここに居たら、楽しかった日々が脳に流れ込んでくる。耐えられない、こんなの。



「……出かけるか……」



 重い息を、また一つ。タンスから適当な服を選んで、財布と携帯を掴んで外に飛び出した。行き先なんて、ない。差し詰め僕は、愚かな放浪者だ。

 街ですれ違った友人に、魂が抜けたような挨拶を返す。あまりに覇気のない僕に驚いて、奴に無理矢理カフェへ連行された。理由を問いただされて、ポツリポツリと打ち明ける。友人は苦い顔をして、運ばれたばかりのコーヒーを一口飲んだ。