僕はその手をそっと握ることしかできなかった

真実を明かして、空撫さんは空撫さんに戻ることが出来た。

「カナちゃん」

美朝さんが道場に入り、沢田副部長から空撫さんを引き離して抱きしめた。

ボク達は、ようやく空撫さんの心を知ったんだ。

空撫さんはずっと本当の自分を見つけ出して欲しかったんだ。

好きになった沢田副部長に見つけてもらいたかったのに、それは叶わず剣道を捨てる道を選んだ。

声もなく泣く空撫さんは美朝さんの腕の中で人形のように動かなかった。

「空撫、ずっと一緒にいたのにな。気付いてやれなくてゴメン。どんな空撫でもオレらの大切な空撫だから」

沢田副部長のこんな優しい顔は始めてみたかもしれない。

「カナちゃんもう我が儘言わないから。カナちゃんの未来応援するからね」

美朝さんは空撫さんの髪を撫でて何度も同じ言葉を繰り返した。

その姿は、子どもを宥める親のように見えた。

空撫さんの涙が止まり、瞳に光が戻った頃には外は真っ暗になっていた。

「遅くなったな、晩飯食って帰るか?」

廊下を歩きながら副部長が言った。

「うん。日本最後のご飯はラーメンが良いな。あと、ファミレスでパフェも。翔真おごってよ」

「分かったよ。餞別代りだ」

沢田副部長は、空撫さんの頭を優しく叩いた。

そこで空撫さんは、思い出したように沢田副部長の方に向き直った。

「そうだ。土下座見せてくれるんだよね」

その目は、キラキラと輝いているように見えた。

「な!何言って・・・」

「さっき道場で、啖呵切って言ったじゃん。土下座してくれるんでしょ。女に恥かかせておいて、また約束破るのか?」