僕はその手をそっと握ることしかできなかった

「沢田くんに踏みにじるとか言われたくないんですけど」

「うるせぇ!後で土下座でもなんでもしてやらぁ!人のプライドを傷つけて、それが剣士のやることか!先生はそんなことを教えてねぇ、先生すらお前は裏切ったんだ」

空撫さんの顔がココで初めて、暗く歪む。

「だって・・・」

小さく、絞り出されるような声に、副部長の眉間の皺がよる。

「あ?」

「だって!先生がそうしないと一人になるって言った。私の剣強すぎるから、力を抜きなさいって、誰にも知られちゃダメだって言ったんだもん」

空撫さんは感情を押し殺して、叫びたいのを我慢するように口をゆっくり動かして話している。

「先生がそんなこと言うはずがねぇ」

「言ったもん。強すぎるとみんな離れてくって。翔真も美朝も。さっき、最初の突きのときの翔真の顔、ドン引いてた」

そうかもしれない。

圧倒的な強さに、ボクも副部長も気後れした。

それが彼女が一番恐れていたことだったんだ。

自分の力が、他者に恐れを与え、離れていくかもしれないこと。

それは幼い頃の空撫さんにどれ程の恐怖を与えたのだろうか?

その先生という人は、空撫さんを守りたかったんだと思う。

「私だって、ちゃんと勝負してみたかったもん」

空撫さんの目からはボロボロと涙が零れ始めた。

人に対して秘め事を持つということは、人との間に壁を作ることだ。

一人でずっと透明な壁の向うにいたんだ。