僕はその手をそっと握ることしかできなかった

その日、一日、彼女は人に囲まれていた。

ボクも何と声をかければ良いのか分からなかった。

分かったことは、彼女は音楽と共に生きることを決めたということだ。

先ほどの演奏に、沢田副部長たちのいざこざは少しも現れていなかった。

感情のままではなく、曲のために心を注ぐ。

それが音楽と生きることなのだろうと思った。

勝手な推測だけど。

放課後、沢田副部長は空撫さんを無理矢理道場に連れて行った。

ボクは嫌がる空撫さんに制服を掴まれて、道場に引きずられて来た。

「何?私、忙しいんですけど」

「竹刀を持て」

「何で?」

「最後だろ。オレと勝負しろ」

竹刀を突きつけられても空撫さんは表情を変えない。

面倒臭いと言わんばかりの顔をしていた。

「面倒くさいけど、やるしかないみたいだね」

空撫さんも竹刀をかまえた。

「審判もねぇ。立ち上がれなくなるまで打ち合う。真剣勝負だ」

「はいはい」

二人の温度差は変わらず、副部長は切りかかった。空撫さんはそれをただ交わしていく。

「私、空撫ちゃんが翔真君を好きなことずっと前から知ってたの」

ボクの隣に美朝さんが立っていた。

「私よりもずっと前から、空撫ちゃんは翔真君が好きだったのに、私は、翔真君の告白をうけたわ」

ぽつぽつと話す、美朝さんの声は悲しみに満ちていた。

「空撫ちゃんに負けたくなかった。翔真君といつも対等で、同じものを見て笑っていられる空撫ちゃんに。翔真君を好きな気持ちだけは負けたくなかった」

美朝さんも寂しくて必死だったのだろうなぁ。

二人に置いて行かれまいと必死だったんだ。