昼過ぎにさくらがホテルへケビンの忘れ物をとりに入ると、そこにはあの足の悪い男がいた。

さくらは身が縮まる思いがしたが、なすすべもなく走って部屋へ駆け込んだ。

― 警察にも言えない。

メイソン刑事がやつ等と関連しているとすると、警察に頼るわけにはいかない。誰も信用できない。

「自分で何とかしなくては。」
さくらは思った。

しかし、昨夜自分を殺さずにいたのは何か理由があるからだ。
そして、その理由とは自分の忘れ去られた過去だとさくらは確信していた。

― ということは、まだ私を殺せない。

それならまだ時間がある。

自分はどうして母国へ帰りたくないのか。
どうしてやつらを見ると身を引き裂かれるような、恐怖とはまた違った感覚になるのか。
あの『リョウスケ‐トキタ』という名前を聞いたときの懐かしさと切なさはいったいなんだったのか。

どうしてもつきとめてやる。
さくらは心からそう誓った。

そしてその日は一人部屋で思いを募らせて過ごした。

夜になるとケビンが帰ってきた。

さくらはケビンにあの足の悪い男のこととメイソン刑事のことを言おうと決心していたが、初日の上このハードなスケジュールのために、ケビンはくたくたに疲れていたので、明日まで黙っていることにした。

彼に無駄な心配はかけたくない。

ケビンはシャワーから出てくるとよほど疲れていたのか、うるんだ切ない目でさくらのことをじっとみつめた。
そして何か物言いたげなそぶりをしたが、結局何も言わずにさくらを強く抱きしめた。

さくらはいつものケビンとは違うと感じたが、そのままなされるがままにいた。

一年にも十年にも感じられたその時間が過ぎさると、ケビンはそっとさくらを放し、そのままベッドへ倒れこみ気を失ったように眠りについた。

そしてさくらも悪い夢を見ないように祈り、祈りの途中で同じく眠りに落ちた。