『それに、わたし記憶を完全に無くしてます。お役に立てるかどうか。』

「リョースケ.トキタ。」

『!』

「あなたのご主人だった人の名前です。」

さくらの体がこわばった。体の底からワナワナと何かが溢れてくるを感じた。

「どうやらキーマン氏は、あなたのソーシャルセキュリティーを偽証して、パスポートやら何やら手に入れているみたいですが、あなたの本当の名前はルイ.トキタ。結婚三日目にして行方不明となっています。」

― これだった。

この感覚を前にもどこかで味わっていた。

この細胞ひとつひとつが死んでいく痛みを伴わない、でも確実に傷を負っているこの感覚をルイの体が忘れるはずが無い。

「実はあなたの保護者でおられるキーマン氏につきましても、良からぬ噂があることをご存知ですか?」

どんな良からぬ噂であったにしても、ケビンと過ごしたこの一年は記憶を持たぬさくらにとって人生の全てであった。

しかし、一度あふれ出したこの得体の知れない感覚を、どうやって処理すればいいのやら。

それは『ふつふつ』と、気の遠くなるような歳月をかけて、地表へ出る機会を待ち望んでいた砂漠の原油が、無理やり行われた油田採掘によって一気に噴き出し止らぬ、といった感じであった。

「ですので、おつらいでしょうが.…、是非なんでもいいのでバリーに関する情報を思い出してもらいたいのです。今やつらに狙われているあなたによって、いくつかの大きな麻薬組織が脅かされていることは確かです。今がチャンスなのです。」

メイソン刑事は『世の悪は全て麻薬にありき』と言わんばかり、熱く打倒麻薬シンジゲートを語った。

しかし、さくらに彼の言葉が信じられるはずも無かった。

彼は自分をさらって拷問にかけたやつ等と一緒にいたのだ。
どうして彼を信じられよう。