躊躇をしなかった。私は隣で海を眺めていた彼女の横顔を、しばらくの間近にして眺めていた。しかしその横顔には、誰の面影も映らなかった。

私はこの女性を知らない。

けれども女性は私に助けられたといっている。しかしそもそも私は誰かを助けたことなどあったか?人違いでは…ないのだろうか?

そのまま女性からの返事は無くなった。私の隣で、口角をほんのりと上げ、浜辺に座り込み、足を抱え込むようにして江ノ島を眺めていた。まるで私がいる事を忘れたかのように。

夕日に溶け込んだ彼女を見ていると、不思議と穏やかになった。

鎌倉の浜辺には誰もいなかった。いなくなった。私と女性は、沈み日に輝く金色の波を前にして、そのまま夕日に溶け込んでいた。


第一節<完>