「・・・。」

「よう。」


トイレから出てくると、
貸切の静けさの為か
懐かしい声がクリアに
耳に入ってくる。



「・・元気か? 
少し痩せたみたいだな。」

「坂巻さんこそ・・
私が居なくても
ちゃんと食べてますか?」

「まあな。」



階段の下から賑やかな声が
遠くにする。

トイレの前はガラス張りに
なっていて
彼は私に背を向け、
外のネオンを見下ろしながら
煙草を燻らせていた。

振り向きもしないで
私に声を掛けたのは
夜のガラスに姿が
映ったからだろう。

彼の背後に立ち、
その後姿を見ていた。

食べてるなんて嘘。
坂巻は確実に
痩せてしまっている。

まるで若かった頃の様だ。




「レコーディング、
がんばって下さい。
これからも私・・、」

「ああ、そうだな。」



"応援してますから"

その言葉が
喉に突っかえて出てこない。

それを言って・・
終わりにすればいい。

もう・・ラクになりたいのに。



「応援して・・あ・・!」

「解ってる」

「・・・!」



この人は一体
どこまで優しく・・
残酷なのか。

躊躇している間、
煙草を消し
顔を上げた私の肩を
自分に押し付けた。


俯き加減に私の顔に当たる、

痩せて硬いあばらが、

心が・・、
なんて痛い、腕の中


一緒に居れたら、こんなに
ヤツれさせたりしなかった

そして熱い

肌に焼き付いた坂巻の指紋が
今、浮き上がって
熱を帯びてる

そんな気がした

それならこのまま
焼けきってしまえばいいのに

そしたらもう
何もかも残らない、
私でさえも・・。



ぐるりと手が回る細い腰に
抱き着いたまま、
彼のジャケットを握り締め、
必死にしがみ付く。

力いっぱい
抱き締め返してくれる
その悲しさに
ただこれ以上、
泣くのを堪えてた・・。



"何がいけなくて
放り出されたのか”



もう訊ねなくていい

せめて、

"いい恋だった"

そう認めて・・
思い出せたらいいと思う・・。