こんな楽しい気持ちを。
ここしばらくの間、私は忘れていたような気がする。

「どないな人間でも、笑顔はやっぱり素敵でんなぁ。」
タナトスの光さんが、そう呟いた。

笑顔。
笑う。
スマイル。

突然脳裏に。
妻と娘の笑顔が、よぎって消えた。

一瞬。
その一瞬の出来事で。
私は自分がしようとしていたことを。
心の底から悔いた。

私は、なんてバカなことをしようとしていたんだろう。

今まで私は、自分ひとりの力だけで。
働き続けてこられた訳じゃない。

妻が家のことを、引き受けてくれて。
娘が我が家に、幸せを運んでくれて。

そんな毎日の中で。
私の身体は。
私ひとりの者では、なかったはずだ。

私はうつむいて、唇をかみしめた。

「どないしまっか?」
私がゆっくりと、顔を上げると。
タナトスの光さんは。
身軽な動きで。
腰かけていた鉄柵の上に、立ち上がった。

「どんなに辛いときでも、生きてさえいれば、笑うことが出来ますよね?」
自分に言い聞かせるようにして、私は言った。

「どうでっしゃろ。それはあんさん次第でんがな。ときには甘えることも必要でっせ。どっちにしても、答えは出たみたいやし。わてはそろそろ行きますわ。」

そう言うと同時に。
タナトスの光さんは、持っていた大鎌を、私に向かって振り下ろした。