静寂の中。風の音と、頬に当たる冷たくも軟らかい感触が現実を示している。

男は豊潤な香りのコーヒーを、ゆっくりと飲みながら、ラナイに置いてあるロッキングチェアーに腰を掛け、あの時の出来事をいつもの様に振り返っていた。

あれから2年の月日が流れ、男は戦場では無い場所にいる。

あの時、あの瞬間に感じたものは、まるで悪夢の様に繰り返し男を引き戻す。

路上に横たわり、血に沈むタケルを撮り続け、ゲリラに肩を打ち抜かれるまで気付かずに撮っていた。

ゲリラに拘束され尋問を受けたが、間も無く釈放。カメラとフィルムを没収される時に、激しく抵抗したが、気絶するほど殴られただけだった。

男は全ての意欲を失い、世間とは隔絶するかのような、隠居暮らしをしていた。

物思いに浸りながら、男がタバコに火を点けた時。家に続く道から人が向かって来た。


それは編集部の課長で、男が信用している数少ない人間だ。

課長は男に段ボールを一つ渡し、一言だけ残し帰っていった。『見ろ』と。

段ボールには無造作に写真が入っていた。

一枚一枚見ながら男は気付いた。

タケルが撮っていた写真。

戦車の上から笑いかける兵士


無邪気にカメラを覗きながら笑う子供達


汚い川で洗濯をしながら談笑している女達


畑で鍬を肩に乗せて笑い合うゲリラの男達


その写真には、たくさんの笑顔が撮られている。


いままで一緒に行った戦場で、タケルが撮っていた写真。本当に男と同じ場所で撮っていたとは思えない。


その段ボールの奥に、一通の便箋が有った。