「…他に思い残すことは?」


車の中で煙草を咥え、火をつけて深く吸い込んだ。



『…新作の映画観たかった。
あと、近所にオープンするケーキ屋にも行ってみたかったし、今週最終回のドラマも観たかった。』


少し口を尖らせながら、千里は言う。


指折り数えるその顔に、俺はため息を向ける。



「…思い残すこと、たくさんあるな。
お前、この世に未練タップリじゃん。」


『…うん。
でも、幸せは何かを犠牲にしなきゃ得られないんだよ。』


「―――ッ!」


覚悟を決めたような顔を向けられると、嫌でも胸が苦しくなる。


振り払うようにその瞳から視線を外し、手元の煙草を見つめて言葉を紡いだ。



「…“犠牲”って、俺のこと?」


『―――ッ!』


瞬間、千里の顔が強張る。


だけど俺は、唇を噛み締めた。



「…そんな目で、俺のこと見てんじゃねぇよ。
頼むから…同情するような顔すんな!
もぉこれ以上…惨めになりたくねぇんだよ…。」


『―――ッ!』


悲しそうに歪む千里の顔に、だけど俺は、手を差し伸べることが出来なかった。



『…そんな風に言わないでよ…。
ごめんね、マツ…。
マツの事、傷つけたくないんだよ…?』



何で俺が傷つけたのに、お前が俺を想って涙を流すんだろう。


あぁ、そうか…。


コイツは優しい女なんだもんな…。


最初から最後までずっと、俺の気持ちばっか考えてるんだもんな…。



『…あたしが居るから…悪いんだよ…。』


「―――ッ!」