―――明け方、空もまだ白んでいないうちから、俺はあの人の元に向かった。


一面に広がる朝もやとは正反対に、何故か俺の心の中は晴れ渡っていた。


登る石段はまるで、あの人のいる場所へ続いているようで。




「夏以来っすか?
元気でした?
って言っても、アンタは死んでんだっけ?」


小馬鹿にするように笑い、煙草を咥えてしゃがみ込んだ。



「…面倒臭ぇし、要件だけ言いますわ。
千里、借りますから。
まぁアンタは、指でも咥えて見てろよ。」


火をつけ、吸い込んだ煙を吐き出した。


少しずつ登り始めた朝日が、墓石に俺の影を作る。



「…邪魔だけは、しねぇでください。
文句あんなら、俺がそっちに行った時、タイマン張りましょうや。」


それだけ言い、立ち上がった。


積もらなかった雪は、地面を濡らす。


無意識のうちにぬかるみを避けながら、石段に足を進めた。



「…頼みましたよ、隼人さん。」



俺の残した言葉は、あの人に届いただろうか。


そして、千里はどんな答えを出すだろう。


その時俺は、迷うことがないだろうか。



そんな考えを振り払うように、携帯を取り出した。


最後の仕事を片付けるために。


あいつらに、全てを話す。


分かってもらおうなんて、思ってねぇよ。


だけど何故か、話しておきたかった。


話さなければならないんだと思った。



俺にはもう、引き返す道はない。


失うものだって、何もないんだ―――…