俺はお前を抱き締めることも、優しく頭を撫でてやることすら出来ないんだ。


俺はお前を簡単に奪えちゃうような凄い男でもないし、

お前は簡単に奪われちゃうような女でもない。


俺が何をしたって、結果的に千里を苦しめることに繋がるんだ。



…何でこんなに苦しいんだろう…。


お互い想いあってた隼人さんが苦しかったんだから、

片思いなんてものは、もっと苦しいんだろうな。


だから多分、これが普通なのかなって思うようにしといた。








『―――マツ~!
フグが待ってるよ!!
早く行こうよ!!』


車から降りた千里は、いつの間にか笑顔になっていた。


ニコニコ笑いながら、雪を避けるようにしてクルクル回っている。



「…わかったら、転ぶなよ。」



ブーツでも相変わらずのピンヒール。


これは、初めて会った時から何も変わってないところだ。


黒のコートに白のブーツを履いた千里は、

気を抜けば夜の闇に溶け込んで、消えてなくなりそうだった。


だから俺は、見失わないように千里の背中を目で追い続けた。




スキップ交じりで足早に店の入り口に向かう千里の後ろで、

少し安心したように歩いた。


やっぱりお前は、笑ってる顔が一番綺麗だよ。



だけど俺は、酷い男なのかな?


お前は、無理して笑ってた…?



俺なんかがどんなに頑張ったって女の気持ちなんかわからねぇし、

いっつも優しく笑うお前の気持ちなんか、到底分かる筈もなかったんだよ。


分かろうとしたのに…。


それは、結構悔しかったりもしたんだ。