点滴が終わり、処方された薬を受け取った。


知らない間に会計を済ませてくれていた嵐に、少しだけ悔しさが残った。


千里は痩せている以外には、前に戻ったみたいに元気で、

“早く煙草が吸いたい”と口を尖らせていた。


そんな当たり前の光景に、少しだけ心が穏やかになった。


ずっと失っていたと思った景色の色が、今はハッキリとわかる。




時刻はすっかり丑三つ時で、薄暗い夜空には、眩いばかりの星空が広がっていた。


背伸びをした千里の口には、いつの間にか煙草が咥えられていて、

エヘへッと笑いながら火をつけた。


それを横目に見ながら、他愛もないことが何故か愛しいと思えたんだ。



―バタン!…

一緒に乗り込んだ車で、当たり前のように千里の横顔がある。



『…何か、懐かしい気分。
マツの匂いがする…。』


助手席に身を沈めた千里は、不思議そうな顔をして呟いた。



「…どんな匂いだよ…。」


『マツ臭い。』


「…臭くねぇよ。」



千里の言葉には、呆れ半分で。


だけど、それで良いと思ってた。


あんな結末になるなんて、この時は思っても見なかったんだ。


だから、安心してた。


取り戻して、全てが元に戻ったんだと思ってた。


だけど、俺達の間には、時間が流れてたんだ…。


撒き戻すことの出来ない時計の針は、今となっては後悔ばかりを植え付ける。



再び壊したのは、俺なんだろうか?


それとも、あの女なんだろうか…?


いや、全ては仕組まれていたのかもしれないな…。


だけど、そんな風にだけは思いたくないんだ…。