『…あのね?』


手元に落としていた視線を再び俺に戻し、千里は声を上げた。



「…帰ろう、千里。」


『―――ッ!』


見開かれた目を振り切るように、足元に目線を落として一歩踏み出した。



『待って、マツ。』


背中から、千里の声が刺さる。


心臓の音が、次第に大きくなっていって、このまま行くと爆発しそうだ。


息をゆっくりと吐き出しながら、恐る恐る振り返った。



「帰ろう。」


もう一度言い、再び足を進めた。



何も、聞きたくなかったんだ。


やっと取り戻した関係を、壊したくなんてなかった。


あの時、ちゃんと俺が聞いてれば良かったんだ…。


そしたら少なくとも、あんな悲しいことは起こらなかったかもしれないのに…。



進める足は、砂に埋まる。


埋まりきる前に、また一歩進む。


視界の端に、裸足の千里の足が映った。


この真っ青な海に不似合いなほどの真っ赤な爪で、血の色なのかと思った。



『…酷いね…。』


波の音にかき消されそうなほどか細い声で、千里は呟いた。


そんな言葉が突き刺さり、俺の胸を締め付けた。


だけど何も聞こえない振りをして、また一歩、足を進めた。


太陽はいつの間にか水面を朱色に染め始め、夜が近づくことを教えてくれた。


先ほどより少しだけ冷たくなった風が、俺達の隙間を吹き抜ける。