無我夢中でただ走り続ける。
こんなことしても彼の元へ行けるわけないってわかってるのに、わかってるのに、走っていないと胸が押し潰されそうになる。自動販売機横のポストも簡単に通り過ぎ、気づけば田畑が一面に広がる農道に出ていた。
走り続ける私の眼前がいきなり真っ暗になった。

バスァアー

私は足を止め、顔にかぶさったものを手でとる。その正体は新聞紙だった。「え?はぁはぁ。」息を切らしながら新聞紙が飛んでた方向を見つめる。

「・・・おば・・・・・・ちゃん。」

その先に立っていたのは新聞集金係のおばちゃんだった。

「あら、お譲ちゃん。今年の花粉はしつこいねぇ、また目薬差しすぎたのかい?」
おばあちゃんはフフっと笑いかけながら私に近寄っきて、頭をポンポンっと撫でてくれた。その優しさからか、おばちゃんの温かさからか、パニックになっていた心が素直に表情に溢れてきて、涙が止まらない。

「びえーん、びゅえーん、ヒック、おばちゃん。私ね、思い出せないの。覚えてなきゃダメなのに・・・ヒック、大切なはずなのに、懐かしい気持ちは残ってるのに、なにも な~んにもおぼい゛だぜな゛いの゛ぉぉぉ。どおじよ゛ぉーー!?びゅえーん」

嗚咽が入り混じって、目薬じゃもうごまかせないみたいだ。ただどうしようもない想いをおばちゃんにぶつける。

「よし、よし、しんどいねぇ。人ってのは何事も経験が大事だよ。全部が全部覚えてるなんて、そんなうまくいかないもんよ。大切なのはあんたの気持ちじゃぁないのかねぇ。思い出せないのなら想いのままに行動しなさい。経験は体が覚えてるもんだよ。体が動けば失くしたものも、自然と蘇るもんじゃぁないのかねぇ。」

おばちゃんは私を優しく包み込んでくれながら話した後、私の背後に目をやった。その視線の先に私も目をやると、なんと、ズッキーニが私のズボンにひっかっかて連なっていた。