家に向かう私、両手には六本のズッキーニ、ポケットには鍵。家に到着すると、我が家の赤いポスト。「まさか、まさか・・・ね」そう思いながらも期待する自分が少し馬鹿らしくなる。そして開けたポストの中には、葉書が一枚入っていた。

いつの間にか笑顔になる私は単純なのかもしれない。

そして葉書を読むとすぐ笑顔で居られなくなった私は、やっぱり単純なのかもしれない。

《君は本当にあの頃の君かい?準備ができたって?何日分の服がいるかって?僕がいつ旅行に行こうなんて言った?いつ着替えが必要なんて言った?やっぱり君は全部忘れてしまったんだね。まあ無理もないさ、十年も経ったんだから。僕だけが十年間この夏を待ち望んで、毎日毎日期待に胸を膨らましていたというわけか。はは、おもしれえな。はっひゃひゃひ。おもしっれおもしっれ。もう、忘れるよ。君が覚えていないなら意味がない。十年前のあの夏も、君と交わした約束も。忘れるよ、全部、ぜんぶ。》

ドサドサドサッ

ズッキーニをその場に落とし、私はへなへなと地面に座り込んだ。「わからない、もう少しで出てきそうなのにどうしても思い出せない。一体彼との間に十年前何が起きて、どんな約束を交わしたのか、当時の風景がうっすらと浮かぶのに、どうしても思い出せない・・・」彼を失うかもしれないと思った私の目は、いつのまにか涙で溢れていた。

「彼と繋がりがなくなるなんて考えられない。彼にもっと近づきたい。やだ、嫌いにならないで。ねぇ、嫌いにならないで。」

そして私は走り出した。顔さえ思い出せない彼に恋をしてしまったことにも気付かずに、、。