「あ、大和ーっ!」

菜未ちゃんが高々と手を挙げ、昇降口に走ってゆく。


その名前にドキン、と跳ねた心臓が、視界に栗色を捕える。

だけど、捕えたのはあたしだけじゃない。



「はよ。」

「あはは、大和何か寝ぼけてない?」

「んー、若干。」


香椎くんも、だ。


横にずらされた香椎くんの視線が、菜未ちゃんの肩越しにあたしを見つめる。


「おはよ、いいんちょ。」

「………、」


まるで、心臓が壊れたみたい。


たった、それだけ。

その一言だけで、あたしのココロは彼に引き寄せられてしまう。



ついでに言われた挨拶なのに。

菜未ちゃんの、ついでに。



すると、上履きに履き替えた菜未ちゃんは、あたしを気に留める事なく話し出した。


「大和、昨日ありがとね。」

「ん?…ああ、」

「…嬉しかった、本当に。」


その言葉が、ぎゅっとココロに痛みを知らせる。


あたしはそれ以上、二人の会話を聞いていられなくて。


「菜未ちゃん、あたし先に行くね。」


そそくさとその場を離れるように、無意識に駆け足になった。



結局、香椎くんに「おはよう」の一言さえ、言えないまま。