「委員長、これ。」

いつものごとく小説を読んでいたら、急に声を掛けられた。

差し出されたノートから視線を持ち上げる。


すっかりブレザー姿が増えた教室で、あたしを見下ろす人物。



「大和から、渡してって。」

アイラインに縁取られた瞳で
グロスたっぷりの唇が、それこそ面倒くさそうに言う。

少し戸惑いつつ
ありがとう、と言おうとすると
その前に「じゃ、」と背中を向けられてしまった。



あたしは彼女の背中を追いながら、視線をノートに映す。


彼女は確か、西野さん…だった気がする。

香椎くんにいつもひっついてる子だ。


前下がりのボブに
化粧で固められた、派手な顔。

大人っぽいイメージとは裏腹に、香椎くん一筋だと聞いた事がある。

あくまで噂だから
本当のところはよくわからないけれど。




…てか、普通人づてに渡す?


パラ、とページを捲れば
おなじみのマークに思わず溜め息が出た。




あたしの事を
名前で呼ぶ人は少ない。

むしろ、委員長になってからは一度も名前で呼ばれた事ない気がする。


きっと、このクラスで
あたしの本名を知ってる人は数少ないだろう。

別に悲しくはない。


いや、こんな事はもう慣れてしまった。


悲しい、なんて感情は
とっくの昔に捨ててしまったから。