「どうしたの?遅刻だなんて。」

朝のホームルームが終わった直後、菜未ちゃんが担任と同じような事を言って来た。


ちょっとね、と適当に話をかわすと

「大和も遅刻みたいだし。」

なんて、思いがけなく彼の名前を聞いてドキリ、と心臓が嫌な音を立てる。



瞬間、潰れそうに痛む胸。


『――ヒトミ。』


昨日何度も何度も
頭の中でリピートされた声。



「まぁ、大和はいつもの事だけどさ。」

「…うん。」

「はぁ、一時間目から数学かぁ。」


かったるーい、と菜未ちゃんのぼやきを聞きながら、あたしはスカートを握り締めた。



…忘れなきゃ。

早く、全て忘れてしまうんだ。



音楽室での二人の秘密も

どちらのモノかわからなくなる程、混じり合った体温も

繋いだ手の強さも


『ゆの』


あたしを呼ぶ、あの声も。



全部が全部、ニセモノだったんだから。



…忘れなきゃ、いけないんだ。