{霧の中の恋人}


「久木さん!どいてください!」


リビングのソファーに座って新聞を読んでいる久木さんは、眉間にしわを寄せた顔をこちらに向けたあと、また新聞に視線を戻した。


「もうっ!邪魔です!
どいて下さいってば!」


いつまでも動き出す気配のない久木さんの足元に、掃除機をコツコツ当ててやると、久木さんは新聞を読んだまま、隣のソファーに移った。


「隣に移ってもダメです!
掃除機をかけたいんですから、ソファーから移動して下さい!」


「ガーガー、ギャーギャーうるさい…。
新聞が読めない」


ガーガーというのは掃除機で、

ギャーギャーというは、私のことらしい。


「大掃除するんですから、新聞なんて読んでないで久木さんも手伝ってください!」


「もう正月も過ぎたのに、なんで今さら大掃除なんてするんだ。
そういうのは年末に済ますものだろう」



久木さんの言うことは最もなことだ。


だけど、年末ずっとバイトが忙しくて掃除にまで手が回らなかったのだ。


「忙しくて出来なかったから、今やるんです」


「掃除なんてしなくても、引っ越したばかりでまだ綺麗じゃないか」


「ダメです!油断してると汚れがたまってっちゃうんですから。
だから久木さんも手伝ってください」



一人で全部やろうと思ったけど、こんなにだだっ広い部屋の中を一人で掃除するのは無理そうだった。


玄関から始まり、お風呂、洗面所、トイレ、キッチン、リビング…


掃除をするところはいくらでもある。



「そんなの業者に任せればいいだろう」


業者!?

自分の家の掃除に、業者の人を呼ぶなんて信じられない。

どういう金銭感覚をしているのだろう。


「お金がかかるじゃないですか!
そんなのダメです!」


「とにかく、俺は今忙しい。
掃除をするなら1人で、静かにしてくれ」


どうしても手伝わない気らしい。


それならば…

実力行使に移すことにした。