{霧の中の恋人}


不機嫌そうに顔をしかめる久木さんの気を逸らせようと、私は必死で話しかけた。


「久木さん!ワゴン販売が来ましたよ!
何か食べますか?
それとも何か飲みますか?」


「いらない」


「あ!久木さん!
海ですよ!海!
遠くのほうに海が見えてきましたね!」


「ますます田舎に近づいたな」


「久木さん、手相でも見ましょうか…」


「もう黙れ」


「……ハイ…」



話しかけることを止め、手持ちぶたさになる。


チラリと久木さんを見上げると、腕を組んで目を瞑っている。


やっぱり失敗だったかも…。


目的地に着く前に、既にくじけそうになり、小さく溜め息を吐いて窓の外に視線を移す。


遠くのほうに見える山の狭間から、青い海がキラキラと輝きを放っていた───…。