月は薄く、夜空を裂く爪痕のようだ。
新月期よりは幾分ましとはいえ、ランプの明かりだけでは心許ない。
母国の夜とは同じように見え、どこか違う。
闇を一層深く感じるのだ。
辺りを覆う暗さは、眠るためのものではなく、隠し事をするためにあるかのように。
「よお」
イードという名の男が、この場に似つかわしくない軽い調子で入ってきた。
驚くことに、若干御年十八歳のこの国の王だ。
ランプの明かりだけでは、顔はよく見えない。
しかし、青みがかった黒い髪と瞳の持ち主であることをファラーシャは知っている。
ファラーシャはそっと扉の外を伺った。
部屋の外に誰かいるのだろうか。
だが、この暗さでは、誰かがいるのかいないのかさえ、分からなかった。
廊下は夜の静寂に包まれている。
ファラーシャは答えを出すことを諦め、イードへ向き直った。
「どういう、つもりなの」
「どういう、とは?」
あくまでとぼけるつもりらしい。
「あなたの目的よ」
「そんなもの、姫君自身に決まっているだろう」
人を小馬鹿にしたような口調で、イードが言った。
わざと、人を怒らせるかのような。
「馬鹿にしないで」
ファラーシャはイードに詰め寄る。
だが慣れていないうえ暗い部屋の中で、何かの角に足をぶつけた。
「……っ!」
バランスを崩し、ファラーシャは前のめりになる。
転ぶ、と目を閉じた瞬間、ファラーシャの体を誰かの腕が支えた。
「危ない」
咄嗟に手を伸ばした、といった風にイードがファラーシャを掴んでいる。
そのお陰でファラーシャは転ばずにすんでいた。
小さく安堵の溜息をイードが吐く。
「……」
ふと、礼の言葉より先に疑問が湧いた。
ランプの明かりに照らされたイードの顔。
微かな明かりでは、あまりよく見えない。
「なんだ?」
「いえ…」
それはまだ、今宵の月程の小さな疑問だった。