暮れかけた夕風は心地よくボクらを包む…。


僅かに開けた窓から…、全てを遮る声が聞こえた。



「ミク!!」


遠くの声が流れこんできた。バックミラーに映る出入り口には黒岩、ミクの旦那がいた。


「ミク……、待って…、もう一度話そう、なっ。」


黒岩は車の横まで走ってきて助手席の窓を叩いた。


「ごめんなさい。もう話すことはないわ。」


「オレは…お前を愛してるのに…」


子供のように泣きすがる黒岩をボクは笑う事は出来ない。


「ワタシはアナタの暴力にも生活にも耐えられない。何よりも、愛する人と居たいの。もう、許して…。」


ミクは泣きながら、振り絞るような声で言った。


ボクはミクの受けていた暴力を知っていた。だから車のロックは開けない。



止まる気配のない黒岩の声が車の中に響いていた。



「二、三発殴られてくるよ。」


「えっ?ちょっと……」


ボクはゆっくりと車から降りた。


「黒岩さん。もう、勘弁してください。もう、諦めて貰えませんか。」


「あ〜?お前は黙ってろよ。」



冷たい風の中で突き刺さる眼光は涙を伴っていた。



「黙っている訳にはいかない…、一緒に行くんだ、関係ない訳じゃないから…。」


「うるさい、うるさい。ほっとけよ。ミク、ミク。話を聞いて……。」


「黒岩さん…。」


ボクは黒岩の手を取って制止させようとした。




ガシッ!




黒岩は振り向きざまにボクを叩いた。