最悪の目覚めだ。

残り気味の酒が頭を揺さぶる。

昨晩はどれだけ呑んだのか、覚えてない。ただ、涙を流して睨みつけていたミクだけは、しっかり記憶していた。

高い天井がやたら白く感じた。



「おはよう、まだ雨降ってる?」

ダブルベッドの隣からねぇさん(マスター)が声をかけた。

「あぁ、みたいね。…水、もらうよ。」


ボクはベッドから抜け出し、キッチンへと部屋を出た。


廊下に昨日の濡れた服が掛けられていた。

考えるのは止めよう。


部屋に戻るとタバコの匂いがした。ねぇさんが吸いながらワイシャツ姿で体を起こしていた。


「ほらっ。」

ボクはベッドに入り水を渡した。

「はいっ。ありがとう。」

ねぇさんは吸いかけのタバコをボクにくわえさせ水を受け取った。


「ねぇ、昨日…スゴかったよ。」

「してないだろ。」

「ははっ、バレた?」

「したいなら、するよ?」

「そうね…、ってバカじゃない?」

「ははっ。バカだね。」

どうでもいい事が心地よいのは、ねぇさんが気遣うからだ。


遅めの朝食を一緒にして、心地よい時間を過ごした。



「じゃあ、帰るよ。」

「送ろうか?」

「いや、いい。歩いて帰る…。」

「アキト…、おいで……。」

服を着替えるボクの後ろでソファーに座るねぇさんが声をかけた。


「何?」

ボクは隣に座った。


「帰る前に…泣いておきなよ。もう、泣かない為に…。」

ボクを胸元に抱きしめ、ねぇさんが言った。


「…………ゴメン。」

ボクは漏れる声も気にせずそれに甘えた。




「傘は?雨降ってるよ。」

「大丈夫。ありがとう、また…。」

「アキト…、うん。また…。」

ボク達はとっておきの笑顔で別れた。



ボクは癒やしを胸に…、雨に思いを包むように一時間の道のりについた。


明日からまた、何もない日々が始まる。

明日からまた、ミクのない日々が始まる。

無くしたモノは…。


ボクは雨に包まれ、ただ、濡れた脚を前へ進めた。


忘れられない、消せない思いを引きづりながら……。