少女のことを何一つ覚えてないのに、初めて会ったような気がしない。不思議な感覚。記憶のピースが、綺麗さっぱり欠けてしまっている。



 俺には何もないのか。――大切な記憶(おもいで)も名乗る名も。



「――思い出せないのなら。わたしの好きなお花の名前あげる」


 瞬きも忘れて少女を見つめる。まさか「名前をあげる」なんて、言われるとは思ってもみなかった。


 少女の穏やかで澄んだ声が、花の名前を告げる。



「あなたはユーリ。白くてきれいなお花なの。今度、一緒に見に行こうね」


 ユーリ。それが俺の、名前。



 降り続ける雨は冷たいのに、どうしてこんなにもあたたかいのだろう。


 どうして――やさしくしてくれるのだろう。



「……ありがとう」



 唇から零れた言葉はぎこちない。それでも、少女のあたたかさは何一つ変わらなかった。