月夜の送り舟

 
「ひえーっ」

サイは冷たくぬるっとしたその手を払いのけようと激しく足をばたつかせます。
ところが、そいつだって必死です。
しっかり掴んで離そうとしないのです。


「サイさん、サイさん、わたしの話を聞いてください」

そいつは悲痛の叫びを上げます。
ところが、気の動転したサイにその声は届きません。
挙げ句はそいつの頭を思い切り蹴飛ばしていました。

「グキッ」
鈍い音がしました。
蹴飛ばしたサイでさえ心臓が凍りそうな嫌な音です。
力なく手を離したその先には皿の割れたカッパがぐったりと横たわっていました。

「うひぇーっ」
たまらず、サイは走り出していました。
振り向きもせずに、どのくらい走ったでしょう。
大きく息を弾ませながら立ち止まると、険しい眼差しで振り返りました。

「死んだりはしとらんよな」
どうにもあのカッパのことが気になって仕方がないのです。

「仲間のカッパがなんとかするじゃろ」
そうはいうものの、サイはやおら今来た道を引き返すのでした。